アラフォー女の暮らし

今日、感じたことを記録しようと始めました。

かつての過ちを語る

私はとあるプロテスタント系の教会員なの

ですが、そこは日本キリスト教団という

看板をつけています。

 

私が通う教会では、毎年8月になると

通称、戦責告白を読み上げる日を作る。

 

第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白 - 日本基督教団公式サイト

 

去年このパンフレットが、供給中止になった

と聞き、教会で買い占めた1枚をもらい、

大事に持ち歩いている。

 

教団内の保守派と呼ばれる立場の人々は、

この戦責告白を認めたがらず、廃棄すべき

だと主張する。

「当時はそういう時代だったのだから

しょうがない」

「もう自虐はやめるべきだ」

と廃止したがっていると聞く。

 

この戦責告白を読んでクリスチャンになろう

と決心した私にとって、そういう人達が何を

言っているのか、日本語を話しているはず

なのに意味が分からないでいる。

 

 テレビCMで遠藤周作の「沈黙」の映画の

宣伝をしている。人の犯す罪と神の赦しに

ついて中学生だった私は、小説を読んで

大きな衝撃を受けたことを思い出す。

 

戦責告白の中で、私が一番胸をうたれる言葉が

 

<わたくしどもは「見張り」の使命をないがしろにいたしました。>

 

日常生活の中で、見て見ぬふりをすること、

黙っていることで、見張りの使命を果たさず

に、悪に加担していることに気づかされます。

 

この戦責告白があるから、自分のような弱い

人間でもクリスチャン、すなわちキリストの

言葉と行動に倣う者でありたいと目標にしても

いいのだと許されていると思えるのです。

 

かつての過ちを語る強さ、賢さを得たいと

願います。